次に乗りたい車について

次に乗りたい車について

 

私は免許を取って以来ずっと軽自動車に乗り続けているが、次買う車も軽自動車にしようと思う。
普通車だと税金が高いし、大勢でどこかに出かけたりすることもないので小型の軽自動車で十分です。
私は長年、ホンダライフを乗り続けているから、次買う車もライフの新型にしようと思っている。

 

今のところライフに乗っていて特に困ったことがないですからね。
新しいライフに乗り換えるたび座席の位置が高くなって乗りやすくなったり、バックモニターがついたりと常に進化しているので次が楽しみ。
個人的には、現在は外付けのカーナビをつけているのでカーナビが車に内蔵されているほうがいいかな。

 

カーナビの配線ケーブルが目ざわりなので。
カーナビの代用としてスマホがカーナビがわりに設置できると助かる。
あと車の中でスマホも充電できると便利だな。

 

私は車の運転が苦手なので(特に高速道路や何車線もあると大きな都市での運転)、いつ配備されるか分からないですが、昨今技術開発している自動運転の機能を早く車に標準装備されてほしいですね。
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車で長距離移動!〜北海道から東京旅行〜

 

それはそれはとっても長い旅でした。
私の住んでいる北海道から東京までの旅行を父の車で行く事になりました。
最初は「え。

 

車で・・・東京まで・・・長っ!!」って思いましたが、とても思い出に残る旅行となりました。
車での移動なので、移動時間はかなり長くはなりますが、その間に色々な県に寄り道してご当地グルメをたくさん食べる事もできました。
そして北海道からだと海を渡るので、車を乗せてのフェリーもまた楽しかったです。

 

最近の船は、ゲームセンターや映画館、カラオケまでついているので退屈しませんでした。
料金も安いのにちょっと豪華客船に乗った気分が味わえます。
車での移動時間は長かったのですが、幸い父の車はとても大きく、運転している父は大変だったと思いますが、疲れたら後ろの座席はフラットにもできるので私は快適でした。

 

車でこんなにも遠い場所に行くのは初めてだったので、不安もありましたが家族全員いると心強いものですね、楽しい旅行となりました。

 

 

はじめての車

 

同棲してる彼が車の免許を持っておらず、仕事が落ち着いたら取りに行きたいねと話していたんだけど、休みの日に彼の友達の車でドライブをしたとき雨が降ってて、車があったら雨の日でも遠出が出来るねと実感したらしく、すぐさま自動車学校に入校手続きに行きました。
1ヶ月ほどで免許を取り終えて、レンタカーでちょっとドライブしたりしてました。
レンタカーだと借りる時間や返す時間、24時間対応出来る訳じゃないので、そうなると今度は自分の車が欲しくなったみたいで、やっぱり車が買いたいと言い出しました。

 

はじめは自分の好きなセドリックが欲しいと言ってたんだけど、お財布の事とと実用性を考えるとあくまで趣味になっちゃうので、安くて乗れる車を探しはじめました。
知り合いに聞いて、候補に出てきたのが10万キロ超えのアルトワークスやミラジーノ、7万キロのekワゴンなどなど。
どれも10〜20万くらいで、気張る必要のない値段ばかりでした。

 

個人的に車に興味がなく動けばいいと思ってるので、どの車種にするかは彼に任せました。
最終候補に上がったのがスズキのアルト。
17年式の5.5万キロ、色は薄い水色。

 

ちょっと色が嫌だなと思いながら2人で実物を見に行くと、擦り傷がちょっとある程度で凹みもないしキレイな状態で、エアコンも臭くないし、室内もタバコの臭もしませんでした。
彼が想像してたよりはるかに状態が良かったみたいで即決したい勢いでした。
極めつけが、このあともう1組見に来る予定になってると聞いて、絶対取られると思って即決しちゃいました。

 

上手いこと乗せられたかなと思っちゃったけど、特に不具合もなく動いてくれてるんでお得な買い物をしたと思ってます。

 

 

3ドアのマーチ

 

24歳の時、夏のボーナスを使って中古のマーチを買いました。
実家にも車はあったのですが、単身赴任をしていた父が仕事で使っていたので自宅にはありませんでした。
歳の離れた妹以外、我が家はみんな免許を持っていたので私が車を買うことについては賛成してくれました。

 

仕事で知り合った車屋さんからレンタカー落ちのマーチを勧めてもらい、当時彼氏だった主人にも見てもらって購入を決めました。
それからはデートで使う車は私のマーチになり、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと大活躍してくれました。
シルバーのマーチなので街中をよく走っていますが、私のマーチは3ドアタイプだったので分かりやすくてよかったです。

 

主人のお父さんも交差点での信号待ちの時に私に気が付いて、手を振ってくれた事もありました。
ディズニーシーに遊びに行った時は、帰りにバッテリーが上がってしまってJAFを呼んだこともあります。
バッテリー交換にかかったお金がすごくもったいなかったのもいい思い出です。

 

 

 

友人に車に乗せてもらった思い出

 

アルバイトをしていた頃の話です。
そのバイト先で仲良くなった友人たちと、よく仕事終わりに車に乗ってご飯を食べに行ったり遊びに行ったりしていました。
時には社員の方達に連れられてご飯をおごって貰ったこともありました。

 

友人は大きなワゴン車を所有していたので、6.7人は乗れたのでとても便利でした。
私自身は車の免許を持っていなかったために、いつも人に頼って乗せてもらっていました。
車内での会話が、とても楽しかったことが印象的です。

 

車を持つ人が凄いと感じるところは、街道の名前を覚えているところです。
車を持つ人にとっては当たり前なのかもしれませんが、自転車に乗っていても街道の名前を覚えることは私はありません。
自転車に乗って毎日のように街を走る身ではありますが、全く名前を覚えられない私からすれば、そこが凄いなと感心します。

 

私もいつか車の免許を取って、友人たちを連れて街を走らせてみたいと思っています。
それは少し先の話になりそうですが。

 

 

 

メガネを忘れて

 

私が20の時に車の免許を取りに行った時の話です。
仮免に合格して路上教習が始まった直後の事でした。
私は「メガネ指定」をかけられていましたが日常生活ではメガネもコンタクトもせずに過ごせるレベルで教習所の講習でも講義の時は裸眼で受けて運転の時だけメガネをつけていました。

 

いつもは講習直前にメガネを着けるのですが、この日はメガネの存在をすっかり忘れていました。
そして裸眼で運転しはじめてしまいました。
その事にその時は私も教官も一切気づかないまま路上教習が進んで行きました。

 

講習も終わりに近付いた時、踏切の手前でで一旦停止した時一瞬の間があった時に私は気づいてしまいました。
自分がメガネをせずに裸眼で運転していた事に。
瞬間私はパニックになり思わず「あっメガネ忘れた」と呟いてしまいました。

 

隣にいた教官は「あっ言われてみたら何か違うと思ったわ」と笑いながら言いました。
そしてまぁいいやと言って何事もなく教習が終わりました。
私が免許を取れたのはこれがあったからかもしれません。

 

 

 

車で出かけたスキー

 

学制の頃は、仲間で、良くスキーに出かけていました。
みんな時間もお金もないので、車で日帰りを良くしていました。
運転は、男の人たちが交代でしてくれていました。

 

域は、みんな元気いっぱいです。
おしゃべりして、楽しく現地までドライブです。
帰りは睡魔との戦いでした。

 

一日遊び、くたくた。
でも、運転手の人もねむたいはず。
毎回、眠気との戦いでした。

 

頑張ったけど眠ってしまう仲間も多いところ、私は、必死に起きていて、一生懸命運転手に話しかけました。
大人しい性格の子でしたが、事故でも起こしたら大変と思って、気をはっていたのでしょう。
休憩にサービスエリアに寄った時も、みんなは熟睡。

 

私は、コーヒーを買った来ると言って、車を出ると、彼も、出てきました。
車から降りると眠気が覚め、二人で、休憩しに行きました。
その時、彼が、今度は、二人で、スキーに行こうよと誘ってくれました。

 

でも、日帰りはハードだから、一泊でも、2泊でも出来るように、まずは、バイトでお金を貯めなきゃという話になりました。
他の仲間は、私たちが付き合い出したきっかけが、みんなが熟睡したおかげだと、いまだにしりません。
車でのスキーの思い出です。

 

 

 

最後の家族旅行

 

私の父は忙しい人でしたが、毎年、夏には、家族旅行に連れて行ってくれていました。
山中湖、河口湖、箱根、那須高原など、実家から程よい距離を車で出かけていました。
私たち兄弟三人が小さい頃は部活も、学校の用事もないので、旅行は恒例でしたが、いつの年からか、みんなのスケジュールが合わなくなり、行けなくなっていました。

 

私と兄が運転免許を取った頃、父が提案しました。
運転練習がてら、みんなで、旅行に行こうと。
高速道路に挑戦したかったこともあり、みんな賛成し、予定を合わせました。

 

初めは私の運転から出発。
みんな、初心者の私の運転で、緊張気味です。
父は、落ち着いて、ゆっくりでいいよと言いながら、道を教えてくれました。

 

兄と交代しても、父は、ずっと、運転を見守ってくれました。
いつも父は、みんなが眠ってしまっても、行も帰りも旅行の間はずっと、運転してくれたのに、今回も、ずっと起きていてくれました。
旅行はこれが最後となってしまいましたが、今度は、私の子供たちも一緒に、車で、旅行に行ってみたいです。

 

その時は、父に、居眠りさせてあげたいです。

 

 

トラックを見ると思い出すもの

 

仕事で配送担当をしていた時に、年輩の方と二人で乗ってトラックを運転していました。
車内で色々な話をしていたのは、今となってはいい思い出です。
人生相談からとりとめのない話など、今でも思い出せる程楽しい空間でした。

 

仕事も大型の荷物から小型のものまで様々なものを荷台に二人で積んでいました。
夏の暑い日から冬の寒さに耐えながらの作業をして、よく働いていました。
あの頃は、ほぼ毎日のようにトラックを運転しました。

 

しかし良く考えてみると、トラックを運転するということは、一般的には中々ない経験なのでしょうか。
乗用車としてトラックを持つ人はいないと思いますし、運転する機会はないかもしれません。
そう考えればいい経験をさせてもらいました。

 

現在私はその配送業から離れていますが、今でも街中で私が運転していたトラックに似たような車を見かけると、年輩の方とまたトラックに乗りたいと考えてしまいます。
私にとってトラックという車は、少し特別な感情を抱かせるものです。

 

 

 

初めて購入した車での失敗談

 

免許取り立てで初めて購入する車と言えば大抵が中古車だと思われます。
学生でしたしお金もなかったので安ければ安い程良かったのですが、この考えが失敗の元でした。
今から20年前の話ですが高校を卒業し大学に進学した私は親からの援助金を頭金にして車を買うことにしました。

 

頭金は30万円で後でバイトをして返済すると約束したものです。
さっそく中古車展示場に赴き予算内で購入できる車を探したところシルバーのシビックが目に留まりました。
8年落ちで走行距離は10万キロに手が届くくらい車体価格は25万円でした。

 

外装や内装も綺麗で気に入ってすぐに契約したのです。
価格は取得税や保険もいれると60万円くらいになりましたが、これでようやく自分の愛車を手に入れることが出来たので凄く嬉しかったです。
納車が済み、さっそく友達を誘って郊外にドライブに行きました。

 

仲間とワイワイしながら軽快な走りを楽しんでいたのですが、走行中に信号が赤になったのでフットブレーキを徐々にかけたところカタカタっと振動がおきエンストしてしまったのです。
マニュアル車ならともかくこの車はオートマです。
何でエンストするのか訳分かりませんでした。

 

そして車を停車する度にカタカタっとし、またしてもエンスト、友達も憂鬱な表情となりせっかくの初ドライブが台無しです。
いずれにしてもこれは怖いと思い、購入した中古車屋に見てもらったところエンジン系統の劣化によりエンストが起こるのだと言われました。
ですのでプラグコードやキャップローター、それとエンジンオイル、ギアオイルも替えた方が良いと言われました。

 

想定していなかった出費となりそんなら最初に不具合を教えてくれよと文句の一つ言いたくなりました。
結局悪いところは直してもらいこれでエンストは出なくなりましたが、結局他にも不具合がでるようになり二年持たずに廃車となりました。
依頼中古車は怖くて新車でしか購入しなくなったのは言うまでもありません。

 

 

 

子供の頃の楽しい遊び場

 

子供の頃は、車も1つの大きな遊び場でした。
トランクと後部座席を移動したり、かくれんぼをしたり、とても大きな空間だと感じていました。
昔は、車の窓にカーテンを付けていることも多かったので、車は家や秘密基地といった感じでした。

 

中学生になってからは、家族みんなで海や東京に行きました。
どこへ行くのにも車だったと思います。
車の中で寝泊まりすることもありました。

 

トランクで寝ていた時、壁の一部を触った瞬間に静電気が走り、痛くて飛び起きたこともありました。
大人になってからは、自分で運転したり、友人の子供と一緒に乗る機会が増えています。
5歳になる友人の子と、車の中でお母さんを待っていた時です。

 

やることが無かったのでかくれんぼをしようと言われました。
私が鬼だったので10秒数えて探してみると、トランクでうずくまってました。
見つけたっと言うと、見つけるのが早いと泣き出してしまいます。

 

自分にもこんな子供時代があったと思い出し、本当に懐かしくなります。